ちゃん付け

断固として反対申し上げる。
女性の名前を呼ぶ時に、軽々しくもいやらしく下の名前で呼び、さらに『ちゃん』を付けて呼ぶ世の中は、いったい何時からそうなってしまったのだろうか。勝手に遡れば、『ちゃん付け』とは、夜の如何わしいネヲンが輝くお店などで、男が女性店員をそう呼ぶ事から大衆に広まったのではないだろうか。子供達の間ならば『ちゃん付け』も良いのだろう。しかもあだ名にちゃんが付く、いかにもゆるキャラです、という安心感があるようなあだ名ならば尚更問題などない。百歩譲って、年下の女性にちゃんを付けるのは我慢するとしても、同年代か、一回りくらい上の女性に対してもちゃん付けを強要させられるのには納得がいかない。僕の場合は年下の女性でもちゃん付けは非常に難しい課題である。違和感があるのは例えばこうだ。
『〇〇ちゃん、素敵な歌ですね、〇〇ちゃんみたいになれるように頑張ります。』
これは僕には違和感だらけである。ちゃん付けしたなら敬語はないだろう。訂正するならばこうだ。
『〇〇ちゃん、歌最高だわ、〇〇ちゃんみたいになりたいよ、俺も頑張るわ。』
読んでおわかりとは思うが、この男の軽さが浮き彫りになるのだ。僕には到底出来ない。それに相手の女性が年上ならどちらもあり得ない話し方だ。苗字があるのだから、それで充分であると思うし、苗字で呼ぶ事は昔から自然であると思っている。それに決定的なのは、僕自身を名前で呼ぶ人間が身内以外にいない事なのだ。だから、僕も女性を苗字で呼ぶのです。苗字にはちゃんを付けず、さんをつける。しかし、最近では苗字で呼ぶ事を、注意してくる輩がいる。そして、女性の方も、名前で呼ばれたほうが嬉しいという。『なんだか苗字だと他人行儀なんだもの』ときたものだ。

いやいや、他人ですよ。

そして、頑張って下の名前で呼ぶのだけれども、頭の中ではものすごい葛藤があるのです。急にこみ上げる緊張感、すぐさま顔が赤くなり、それをひたすらに隠しながら、さも平常心を保っている風に装いながら、ぎこちなさが全面に出たガチガチの状態で、〇〇ちゃん、、、、その後なに話そうとしていたかなんて、思い出されるはずもなく。

僕は女性は苗字で呼ぶ事にします。ただし、芸名が下の名前で、苗字がわからない人に関しては、芸名で呼びますが、最終手段として、僕が女性に話しかける時一番よく使うのは、『あの』『ええっと』などです(もはや苗字でもない)






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