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理由もなく

理由もなく

例えば、理由もなく殺人をしたり、理由もなく逃亡したり、理由もなくミサイルを発射させたりしないだろう。そこにはそれだけの理由があるはずだ。表向きただやってみたかったからという場合でも、その人の生い立ちや人からの扱われ方で、動機や理由が生まれてしまうことがあるのだろう。様々な理由があるはずだ。そもそもいつからか『許されない事』が歪んでいる様にも思える。日本では、イランでは、アメリカでは、北朝鮮では、シリアでは、韓国では、中国では、、、それぞれの国で許されて、それぞれの国で許されない事があるのは理解できるけれども、地球人としてでは、それらは許されないと思う。
国を守ることはなにを意味するのだろう。地球を守ることを考えて国を守っている国は果たしてあるのだろうか。国境線の意味はなんなのだろう。私利私欲というと、人1人の事に聞こえそうだけれども、国という単位でも同じ事が言える様に思う。国境線は結局のところ、私利私欲のラインだ。地球規模で考えれば、人は殺し合いをしている場合ではない。勿論、あと何万年も地球はあるだろうけれど、その年月が有限である事しかわからない。無限にある事がらが世の中に無いからだ。限りがある中で、地球人は何をするべきだろうか。

人は文句も言うし、いがみ合い、喧嘩もする。それはその辺の野良猫と同じレベルだ。しかし、笑顔になれる生き物は人間しかいない。体のどこかに力が入って、引き金を引くよりも、力の抜けた笑顔で接してほしいものだ。

まずは、年に一回とか世界の国境をなくす日を作ってみては?

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