小説

 虫医者①


子供の頃、公園や野原の草が好きで、手で毟っては食べて母に怒られたものだ。家族で山に出かけた時も、木の葉や落ち葉、キノコや団栗など、ありとあらゆるものを口にした。中学生になる頃には、もう食べなくても、それらの味がわかった程になっていたし、図書館で植物の本を読みあさり、知らない花や草はなかったと思う。


そして、そんな僕が大学一年生になった。専攻は医学部、将来は父の小児科を継いで、なんの不安もない人生を歩もうとしていた。


春、通学路には、色々な虫が顔を出す。ようやく冬を越えて、暖かい季節になって、虫たちも目を覚まし、各々生活するのだ。


お、蟻だ。


ありの行列が続いている。その行列の先には、少し大きい蛾の死骸が見える。蟻はあれを餌にしようとみんなで運ぼうとしているのだろう。


よく見ると、行列の中に一匹だけ、動きのぎこちない蟻がいた。その蟻は前足がへんに曲がっている。


ああ、あれは折れてるな、、

かわいそうに。。


そう思って、その場にしゃがみ、そのぎこちない蟻をひろいあげると、通学路の脇の草を少し毟り、指で草をすりつぶして蟻の足に塗った。しばらくじっとしていた蟻だったが、


しみますね、、


突然耳に入ってきたその小さな声に驚いて、蟻を落としてしまった。しみる?え?しみたか。ご、ごめん。


いえいえ。なんだか前より楽になりましたよ。ありがとうございます。あなたはお医者さまでいらっしゃいますか。痛みはなくなったのですが、これからこの足、どうしたらよいでしょう。


私は驚いて黙っていたが、少し強めの葉っぱの芯を小さく切り、足に添木のようにあてて、すりつぶした草でくるんであげた。蟻の足の力なら、包帯などしなくても取れはしないだろう。


しみますが、足が固定されました。ありがとうございます。これで、気をつけながら歩けば大丈夫そうです。


そうだね、お大事にね。。


そう言ってる間に、その怪我をした蟻は列に戻り、仲間に支えられながら、餌運びの仕事に戻った。数匹の蟻が私にお礼を言っていたが、小さい声だったので、立ち上がったと同時に聞こえなくなってしまった。


まさか、蟻が喋るとか、


ないわぁ。


そう思いながら、気を取り直して大学に向かった。

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