好奇心というエンジン

生まれながらの天才はいないのだろうか。いたらどうだろうか。あの人は天才だ!という言葉は、天才的な行為が行われた後に言われる言葉だと思うから、その天才的な行為が行われる前の、言わば過程の段階では、誰もがその人を天才とは思わないだろう。自分は凡人だけれども、言い換えれば、誰もが天才になれるのだと思う。今がまだ過程の段階ならば、いつの日か世の中のみんなが天才になる日が来るのかもしれない。

子供は好奇心旺盛だと聞く。好奇心は大人でも多少はあるだろう。何歳になったって、あれ食べたい、あそこに行ってみたいという願望的な好奇心はあるのではないか?ただの願望と言われればそうかもしれない。好奇心は願望とは少し違うように思う。辞書で調べてみると、

好奇心とは、

物事を探求しようとする根源的な。 自発的な調査・学習や物事の本質を研究するといった知的活動の根源となる感情を言う。 


つまり、願望ではないということだろう。こうなりたい、その為には何をしたらいいのだろう、と考えた時、好奇心になるのではないか?

生まれた時から、人は好奇心というエンジンを持っていると思う。それは最初は小さくて、動かすのに沢山の燃料は要らないし、小さいから力も弱い。それが、好奇心というエンジンを動かし続ける事で、大きなエンジンになっていく。年とともに、燃料も増えるのかもしれないが、燃料を補給するのにためらわなければ、そのエンジンは大きくなり、その好奇心は天才と呼ばれるまで、また、その先も動き続けるのかもしれない。

天才とは、好奇心のエンジンがとても大きい人の事だと思う。
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