人付き合い

僕はこれが一番出来ない。
理由は沢山ある。ひとつは過去のトラウマだろう。誰かと話しても、結局その人の心地よい話に持っていかないといけなくなるからだ。意見の相違があるのは当然なのに、僕にはその空気が嫌で折れてしまうところがある。自分に原因があるのだ。しかしそれでいて素直に正直に言ってしまうところもあり、相手を傷つける結果になり、収集が付かなくなる。人は思ったとおりに言ってごらんと言う。しかし、そう言う場面でその通りにして、結果的に僕と長続きした人は一人もいない。僕はその繰り返し故に、もう人がこわいのである。話すことは出来ない。しかし、お酒を飲むと、それが緩んでしまうので、お酒の席での会話はもはや破茶滅茶だ。それが次の日には、後悔として残るので、より一層話したくなくなる。
もう一つは、他人に興味がないことだ。その人が普段何をしている、僕と演奏する以外に、どんな音楽を聴いているか、どんな人間関係をもち、どんなものを食べ、、などなど、僕には興味がない。演奏の現場で会って、その時に得られるわずかな情報くらいで良いのだ。ひどい時にはそのわずかな情報ですら覚えていない。よくあるのが、どこに住んでいるの?とかの類だ。
しかし、誰かと飲みに行くことは好きだ。理由は、美味しい料理が好きだからと言うのもある。前にも書いたが、会いたいと思った時に会いたいのだ。そこには料理は欠かせないのだ。そして、その人の話なんてどうでもよくて、そこで得られるわずかな情報でよいのだ。顔を見て話す。声を耳で聴く。相手の笑顔を見るのが一番好きなのだ。

人からもっと興味を持ちなさいと言われることが、僕には変だと思う。興味は人から言われて待つものではない。自分からそう思うことから始まるのだと思う。それと、私のことを低く見ているでしょう?とか言われると、それは逆なんだと思う。人は高い低いのランク付け見たいのではない。そう聞いてきた本人がそこを心配しているだけのことだ。僕がそう見ているのではなくて、その人がそう見ているという事だ。僕は、他人に興味がないのだから、低くとか高くで見るような事は出来ない。

それならなぜ人と関わるのか。それは、そこに音楽があるからである。

それはそこに美味しい料理があるからである。

それはそこに大好きな笑顔や泣き顔や怒った顔や悲しい顔が、喜怒哀楽に満ちているからである。

僕は誰かの偉そうな話や、説教など興味もなく、その類の話は自分が聞きたいと思った時でよい。それと、僕は人の話を聞くのが時々苦手である。大丈夫な人とそうでない人がいる。その違いは緊張からくる。緊張していると、話を聞くのが難しくなる性格のようだ。

そうそう、人に興味を持とうとして、一緒にやっていたメンバーの演奏を聞きに言ったことが何回かある。しかしそこで言われた言葉は、僕の中では悲しさしかない。

「何しにきたの?」
とか、
「あれ?呼んでないよ」
とか、
「何やってるの?」

だった。

何しにきたか?聞きにきたし会いにきたに決まっている。
呼んでないよって、呼ばれなくてもお客さんが来たらうれしくないの?
何やってるの?って?自分でもわからなくなりました。

アメリカにいた時は、ハグが先だったなぁ。当然冗談なのはわかるよ。でもね、その冗談は僕には笑えない。
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