血の通う会話

 文学作品が好きだ。

夏目漱石や、太宰治など、昭和の王道の様な作品は、漫画雑誌のジャンプやマガジン、サンデーやスピリッツの様なものだ。ただ、絵がないだけで。


小説のような文章は、想像するのが容易く、それが子供の頃からの日常だったから、小説がテレビ化されたりすると、登場人物や、声の質や、背景のギャップなどに困惑して、読んで内容は知っているのにまるで初めての作品を観ている様で、妙な気分だった。


メールでのやり取りは、本当は嫌いだ。

本音が伝わらなかったり、一々聞けば、細かい人と思われてないかとか。初めての人に対して気を使ったりして、迷った挙句にぶっきらぼうになったり。最近ではAIに文章を相談したりして、コピーペーストしたりする。


人付き合いも苦手だから、会ったとしても、話す必要性を考えてしまって、結果、話さない事もあるし、挨拶して、天気の話をして、体の調子だのの話をして、いかにも話をしていますみたいな、中身のない話なんかは、必要性すら感じない。でも、相手が話してくる事なら、聞いてあげたいとは思うのだけれども、要するに自分の話をしたいと思わないのだ。


挨拶は、結局会った時にすればいいか。

細かい事は、結局会った時にすればいいか。

音を一緒に出してみてから、考えればいいか。


メールでは、社交辞令に毛が生えたくらいしかない情報は、会う事でどうでも良くなる事も多い。


先日、アメリカからサックスの人が遊びに来た。

去年の今頃に、突然メッセージが来て、来年日本に行くからと、会った事もない人と、facebookで友達になり、今年。本当に日本に来ていて、会うことが出来た。一緒に演奏して、それはそれは楽しかった。一年前のメッセージなんて、すっかり忘れていたけれど、会えば、その人を忘れるのにはかなり時間がかかるものだ。

音楽は血の通う会話と同じだ。


言葉よりも先に、音楽で会話する方が、僕にとっては良い。





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