路(みち)


芸術家、音楽家には路(みち)がある。その路には、他の誰も居らず、鏡も無いので自分さえも見えない。石や砂利の長い緩やかな登り坂で、遠くに夕陽のような朝日のような『明かり』と雲が見え、丁度山登りの様な路。私にはそう見える。


目を閉じると、その路が見えるのだ。


夢の中に出てきた、ある人がこう言った。


お前さんは別にかっこいいわけでもなく、もういい歳だから。世間の人は、ああ、あいつか、くらいの、その程度でしか覚えていないよ。私の見る頂にはお前さんは居ないなぁ。まぁ、諦める事だな。


と。


この人はなかなかの権威で、周りからもそう見られている様な謂わば有名人で、現実世界で言えば、自分以外の人の、一部の人の心の中に似ている様な人物だ。


しかしながら、私は、


あなたの見ているその頂に、私は興味がない。その路には私は居らず、あなたしか居ない。私は私の路の、その先の頂から、あなたの頂を眺めましょう。それが、高いか低いかなどどうでも良く、あの『明かり』よりは皆、低いのだから。


誰かが決める事ではなく、目を閉じると見えるその路は、必ず一人で歩く所。険しいのか緩いのか、短いのか長いのか、それは目を閉じて見ればわかるのだけれども、他人が入れない独りの路。


そんな話を他人としようものなら、それはいつまで経っても纏(まと)まりはしない。


芸術家、音楽家の、果てなき路の話。

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