ぼんやりした定義
都会生まれの都会育ち。誰かにとっては聞こえがいいかもしれないけれども、子供の頃、僕は田舎に憧れていた時期がある。
「田舎のおばあちゃんち」
という、小学校の頃の休み明けの学校での会話を耳にする度に、田舎ってどんなところだろうと、想像を膨らませたものだ。
子供の頃の想像は、大学生の時に地方の大学を選んだお陰で現実の物となった。けれど、自分の中の田舎ブームは二年ももたずに終わった。
再び都会で生活して、やはり何処か窮屈で、今は都会とも田舎とも言えない、間くらいの町に住んでいる。
田舎とはなんだろうか。
田舎暮らしをした経験があってもなお、よくわからないが、一つだけ僕の中で定義付ける物があるとすれば、それは土があるかどうかかもしれない。
まず、土の匂いがして、それから植物の匂いがして、山の匂いがして、川の匂いがして、海の匂いがする。
最初に土があるかどうかなのかもしれない。
都会では、アスファルトやコンクリートが大半で、土をほとんど見ないから、やっぱり僕には窮屈なのかもしれない。
そんなぼんやりした定義
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